江戸期、広大な筑後平野を流れる中流域に築かれた「筑後川四堰」こそが、この豊かな平野を育てた水利用の主役であった。この四堰には飢餓と難工事と一揆のくりかえしがあり、水をめぐっての農民たちの汗と血の歴史があった。筑後川から引かれた水は、水田地帯を潤した後、ことごとくまた本川に戻されていた。四堰は筑後川の流れを更に豊かに作り出すための堰でもあった。 |
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◆中流域の水利用技術・水の文化 /坂本紘二 |
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